「現預金の担当は何故いつも新人なのか?」という問いに対する答え

会計士が行う最も一般的なお仕事は、財務諸表の監査です。財務諸表の中には、たくさんの勘定科目があるので、一つのエンゲージメントチームメンバーの中で勘定科目を振り分けます。会社の事業規模、属する産業という(監査チーム側から見れば)外的な要因と、チーム内の年次、経験値、クライアントへの関与期間などの内的な要因を加味して、総合的に決められます。

もう会計監査をやることはなさそうなのですが、仮に今年の繁忙期で「現預金の担当は何故いつも新人なのか?」と新人の人に聞かれたら、自分はなんと答えるんだろうかと自問自答していました。

ちなみに多くの人が以下のような回答をするらしいです。

リスクアプローチの観点

  一般的に勘定科目自体のリスクが少ないから。

勘定科目の汎用性

  どの会社にいっても現預金の勘定はあるので汎用性が高く、

  他のチームに入ることになっても同じことをするのであれば、今覚えておいたほうが後々効率的に作業できるから。

調書の作成難易度

  クライアントに対する理解度が調書作成に与える影響が他の勘定科目に比して少ないから、新人でも出来る。

などなど。

少し話をそらしますが、これらの回答の善し悪しを決めるのは何でしょうか。一言で書くならば、この回答で新人の人が自分が現預金の調書を作ることに納得して、モチベーションをあげて業務に臨めるかどうかだと思います。

そういう意味で至極はなはだ僭越ながら、以下個人的な回答を書いていきます。
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リスクと事業との関連性のマトリックス

リスク自体は比較的少ないことが多いです。この説明は他の人、特に入所時の研修なんかで聞いていると思うので、割愛します。

リスクともう一つ、考えておいてほしいのが事業との連動性です。もちろん、売上や仕入なんかも事業との連動性が高いですが、現預金もかなり事業との連動性が高いのではないのかと考えています。

たとえば…

  • 新規設備を購入する場合でも、社債や借入で現預金を増やしてから、徐々に固定資産の未払金の返済のために現預金が減っていくので、増減はないですが事業活動の影響を受けています。
  • 債権の回収遅延が生じていれば、営業活動によるキャッシュフローの小計が前期比で異常な値になり、CF計算書で目立ちやすい数値なるかもしれません。
  • 増減の中で社債の償還による支出が前期に比してあまりにも異常な金額であった場合、前期から当期にかけて、繰上償還があったのかもしれないですし、他の要因があったのかもしれないです。

そういう意味で、リスクは(あくまで比較的)少ないのですが、会社の事業との関連性は高い勘定なのではないかと思っています。会社のビジネスモデルを理解していないと、着手しがたい科目もあるので、別の勘定科目の監査(この場合は、現預金)を通して、会社のビジネスモデルを理解できるのは時間的な面からして非常に効率的だと思われます。

標準化しやすい勘定科目

ここでいう標準化という意味は、現預金の調書の作り方を覚えたら大体の調書の作成に応用ができるという意味です。何故ならば、現預金は実査や確認状という直接監査証拠を入手する方法で心証を得ること(詳細テスト)もあれば、現預金から生じる利息の分析など推定によって心証を得ること(分析的実証手続)もあるため、実証手続の両方を行うことになるからです。もちろん、どのような手続をするかなんて一概には言えないのですが、2つの実証手続の型を覚えるのには良いのかなと思います。

もう一つ、実証手続の両方を含んでいること以外にも、開示書類に掲載される項目である点もこれから様々な勘定科目の調書を作成していく上で役に立つと思います。具体的には、【主な資産及び負債の内容】のところでまず内訳が記載される可能性が高いですし、預金などが担保に供していれば開示する必要を検討しなければいけません。

よく過年度の調書を見たがる人が多いですが、上場会社であれば過年度の有価証券報告書の方を重点的に見るべきだと思います。しかも、順番としては、有価証券報告書⇒監査調書であるべきです。

まとめ

 というわけで、結論ですが「現預金の担当は何故いつも新人なのか?]というと現預金という勘定科目を担当することで会社の事業を把握するのに役立つことと、開示書類まで念頭にいれた標準的な調書作成が出来ることではないかと思います。

*1:なおこの記事は個人の見解であり、所属する組織の公式見解ではありません。